結婚しようよ (よしだたくろう) 1972年(昭和47年)

今回ご紹介する1972年(昭和47年)のヒット曲は、よしだたくろうさんの「結婚しようよ」です。
「結婚しようよ」は、よしだたくろう(吉田拓郎)さんが、1972年(昭和47年)に発表したシングル曲です。作詞・作曲ともによしだたくろうさんとなっています。

「僕の髪が、肩までのびて、君と同じになぁったら~♪」って歌い出しだよね。
ちびっこだった当時、髪が肩までのびるって歌詞に衝撃を受けた記憶があるよ。
何せ、田舎だったし男の人で髪の毛が肩まである人なんて回りにいなかったからね。

まぁ、確かに長髪のお兄さんを見たことはなかったよね。中学校も丸坊主だったしね…。あっ、でも親戚のお兄ちゃんは肩ぐらいまで髪を伸ばしていたような…。
で、「結婚しようよ」ですが、フォークをメジャー・シーンに押し上げた楽曲として有名で、「J-POPの原点」とも評されているそうですよ。

それまでフォークってマイナーだったんだ~

「結婚しようよ」は、1972年(昭和47年)2月に発生したあさま山荘事件の頃からヒットしはじめ、オリコンチャート最高3位を記録しています。この年、40万枚以上を売る大ヒットとなりました。

あさま山荘事件って、テレビでず~っとやってたよね。
でっかい鉄の玉をガンガンぶつけて家を壊しているシーンが印象に残ってるよ。
幼心に衝撃的な事件だったよね。
あと、カップヌードル…

「結婚しようよ」のキーワードは「結婚」ですが、僕らの時代でも「結婚」って言うと「家と家」が結びつくみたいな感じでしたよね。

特に田舎はそういうのがあったよね。今でもあるのかもしれんけど…。
やれ日取りだ、やれ仲人だ、席順に引き出物は…って感じで、面倒くさい印象しかないよ…

そういう時代に、「僕の髪が肩までのびたら結婚しよう」という男性からのプロポーズをさりげなく取り入れた歌詞は、当時としては非常に斬新なものとして捉えられたのだそうですよ。

確かに当時は、今とは違って「男らしさ女らしさ」っていう部分が強く意識された時代だったもんね。

よしだたくろうさんはこの「結婚しようよ」の大ヒットで「フォークのプリンス」と呼ばれるようになり、若い女性らがコンサート会場にたくさん押しかけたそうです。

若い頃のよしだたくろうさんは、確かにキュートだよね。

また、それまでフォークと言えば、反体制のシンボルみたいな扱いだったものが、この「結婚しようよ」の大ヒットで、若者のポップ・ミュージックとして広く一般的になったのだそうです。

エポックメイキングな楽曲だったんだね。

よしだたくろうさんは、1946年(昭和21年)生まれ、鹿児島県伊佐郡大口町(現在の伊佐市)の出身です。よしだたくろうさんと言うと「広島」のイメージが強いですけど、小学校3年の時に広島県広島市南区に引っ越しているようです。

よしだたくろうさんは、広島のイメージだったんだけど、鹿児島県の出身なんだね。
でも、伊佐市って詳しく知らないんだな…。

鹿児島県伊佐市のホームページ

 

1972年(昭和47年)のヒット曲「結婚しようよ」よしだたくろう

1972年 邦楽ヒット曲 ランキング

順位曲名歌手名売上枚数
1位女のみち宮史郎とぴんからトリオ138.3万
2位瀬戸の花嫁小柳ルミ子69.5万
3位さよならをするためにビリーバンバン66.7万
4位旅の宿よしだたくろう66.6万
5位悪魔がにくい平田隆夫とセルスターズ65.1万
6位ひとりじゃないの天地真理60.1万
7位京のにわか雨小柳ルミ子56.9万
8位別れの朝ペドロ&カプリシャス55.7万
9位小さな恋天地真理54.7万
10位太陽がくれた季節青い三角定規50.2万