スニーカーぶる~す(近藤真彦) 1980年(昭和55年)

今回ご紹介する1980年(昭和55年)のヒット曲は、近藤真彦さんの「スニーカーぶる〜す」です。
「スニーカーぶる〜す」は、1980年(昭和55年)12月12日に発売された近藤真彦さんのデビューシングルです。作詞:松本隆さん、作曲:筒美京平さん、編曲:馬飼野康二さんとなっています。

近藤真彦さんの「スニーカーぶる〜す」もかなり流行りましたよね。歌い出しは「ペアでそろえたスニーカー、春夏秋と駆け抜け♪」でしたけど、やっぱりサビの「Baby スニーカーブルース♪」が印象に残ってる曲ですね。

近藤真彦さんの「スニーカーぶる〜す」ですが、オリコンランキングでは最高1位を獲得、レコード売上104.7万枚とミリオンセラーの大ヒットとなりました。

デビューシングルがミリオンだったんだね。
そう言えば、近藤真彦さんは、テレビドラマ「3年B組金八先生」にも出てたよね。

そうですね。歌手デビューの前に「3年B組金八先生」に俳優として出演されていましたね。ドラマの中では、「星野清」役でした。同じく生徒役だった田原俊彦さん、野村義男さんとともに「たのきんトリオ」として有名でしたよね。
また、「スニーカーぶる〜す」は、映画「たのきんスーパーヒットシリーズ第1弾・青春グラフィティ スニーカーぶる〜す」の主題歌でもありました。
※画像は、たのきんバイオグラフィーサイト様からお借りしました。

へ~、こんな映画があったんだね。知らなかったよ。個人的には、たのきんトリオの中では田原俊彦さんが一番好きだったかな。

私はマッチが好きでしたね。マッチは、最近のライブでも「スニーカーぶる〜す」を熱唱されているみたいですよ。
そんなマッチこと近藤真彦さんですが、1964年生まれ、神奈川県大和市の出身です。

それでは、近藤真彦さんの「スニーカーぶる〜す」をどうぞ!

1980年(昭和55年)のヒット曲「スニーカーぶる〜す」近藤真彦

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1980年(昭和55年)

  • ジョン・レノンが射殺される
  • 第22回モスクワ五輪開催(日本はアフガン事件抗議のため不参加)
  • 王貞治選手が現役を引退(通算868本塁打)
  • 山口百恵さんが三浦友和さんとの婚約を発表・引退
  • ポール・マッカートニーが来日するも大麻所持により成田で逮捕され日本公演中止に
  • 竹の子族が出現

1980年(昭和55年)のヒット曲ランキング

  1. ダンシング・オールナイト( もんた&ブラザーズ)
  2. 異邦人 (久保田早紀)
  3. 大都会 (クリスタルキング)
  4. ランナウェイ (シャネルズ)
  5. 順子 (長渕剛)
  6. 贈る言葉( 海援隊)
  7. おまえとふたり (五木ひろし)
  8. 別れても好きな人 (ロス・インディオス&シルヴィア)
  9. さよなら (オフコース)
  10. 哀愁でいと (田原俊彦)
  11. Sachiko (ばんばひろふみ)
  12. 昴-すばる- (谷村新司)
  13. とまり木 (小林幸子)
  14. 風は秋色/Eighteen (松田聖子)
  15. 青い珊瑚礁 (松田聖子)
  16. 蜃気楼 (クリスタルキング)
  17. おやじの海 (村木賢吉)
  18. 防人の詩 (さだまさし)
  19. パープルタウン (八神純子)
  20. 終止符 (アリス)