哀愁でいと (田原俊彦) 1980年(昭和55年)

今回ご紹介する1980年(昭和55年)のヒット曲は、田原俊彦さんの「哀愁でいと」です。
「哀愁でいと (NEW YORK CITY NIGHTS)」は、1980年(昭和55年)6月21日にリリースされた田原俊彦さんのデビューシングルです。作詞(日本語詞):小林和子さん、作曲:Andrew Joseph DiTaranto, Guy Hemricとなっています。

田原俊彦さんの「哀愁でいと」は、好きでしたね。歌い出しは、「赤い薔薇投げ捨て、それで終わりにしようぜ♪」でした。でも、やっぱりサビの「Bye-Bye哀愁でいと、あざやかな~、Bye-Bye哀愁でいと、笑顔みせてよ♪」ってところで、手をクネクネするダンスがかっこよかったですね。

田原俊彦さんの「哀愁でいと」は、たのきんトリオが出演していたドラマ「ただいま放課後」の挿入歌に起用されたこともあって、オリコンランキング最高2位、レコード売上71.9万枚の大ヒットとなりました。
※画像は、たのきんバイオグラフィーサイト様からお借りしました。

たのきんトリオ、懐かしいね!それにやっぱりみんな若い!でも、「ただいま放課後」は見たことが無かったかな?
たのきんトリオをご存知ない方のために説明しておきますと、たのきんトリオというのは、当時、活躍していたアイドルの田原俊彦さん(トシちゃん)、野村義男さん(ヨッちゃん)、近藤真彦さん(マッチ)の3人ことを総称で呼んだみたいなものです(正式なユニット名ではありません)。たのきん=田野近ってことですね。

私も「ただいま放課後」は見たことがないんですが、1980年(昭和55年)5月26日 から1981年(昭和56年)3月23日に放映されていました。
主な出演者は、本田博太郎さん、秋野暢子さん、たのきんトリオ、川島なお美さんも出演していたようです。

本田博太郎さんは、確か、ドンガメってあだ名なんだよね。

さて、「哀愁でいと」に話を戻しますと、オリジナル曲は、レイフ・ギャレットの「New York City Nights」という曲です。

「New York City Nights」レイフ・ギャレット

そうそう、レイフ・ギャレットも、世界的なアイドルとして当時、大人気でしたよね。トシちゃんの「哀愁でいと」もいいんだよね。正直、甲乙つけがたい…。

田原俊彦さんの「哀愁でいと」の動画ですが、オフィシャルの比較的最近のものですね。相変わらず、若いですね。
田原俊彦さんは、1961年生まれ、山梨県甲府市の出身です。長女はタレントの田原可南子さんです。

今もこうして昔と変わらず現役で頑張っているトシちゃんは、かっこいいね!

1980年(昭和55年)のヒット曲「哀愁でいと」田原俊彦

1980年(昭和55年)ヒット曲

順位曲名歌手名売上枚数
1位ダンシング・オールナイトもんた&ブラザーズ156.3万
2位異邦人久保田早紀140.4万
3位大都会クリスタルキング118.1万
4位ランナウェイシャネルズ97.5万
5位順子長渕剛94.0万
6位贈る言葉海援隊93.3万
7位おまえとふたり五木ひろし84.7万
8位別れても好きな人ロス・インディオス&シルヴィア76.9万
9位さよならオフコース71.7万
10位哀愁でいと田原俊彦70.0万