今回ご紹介する1979年(昭和54年)のヒット曲は、ブロンディの「ドリーミン」です(Dreaming/Blondie)。
「ドリーミン(Dreaming)」は、ブロンディが1979年(昭和54年)9月にリリースした楽曲です。作詞:デボラ・ハリー、作曲:クリス・シュタインとなっています。
「ドリーミン」は、ブロンディの曲の中でも一番好きな曲ですね。歌い出しは、「When I met you in the restaurant. You could tell I was no debutante♪」って感じでした。ノリの良い感じが好きだったな。
ブロンディの「ドリーミン」ですが、1979年(昭和54年)発売のアルバム「恋のハートビート(EAT TO THE BEAT)」の1曲目に収録されていましたよね。シングルは、ビルボード・Hot 100では27位を記録、イギリスで2位、カナダで4位を記録するなど大ヒットとなりました。
そうそう、このアルバム「恋のハートビート(EAT TO THE BEAT)」がめっちゃ良いアルバムだったんだよね。
アルバム「恋のハートビート(EAT TO THE BEAT)」は、ブロンディの4枚目のスタジオアルバムで、アメリカでプラチナ認定を受けています。
また、このアルバムからは、イギリスでは、「Dreaming」、「Union City Blue」、「Atomic」の3曲がリリースされています。
さらに、このアルバムと連動して12曲全てにミュージックビデオが収録されているのですが、当時、これはロックミュージックでは初のプロジェクトだったそうですよ。

ミュージックビデオの走りみたいなもんだんだろうね。記憶では、ライブっぽい映像が多かったような気がします。個人的には、「Atomic」も良かったですね。
さて、次にご紹介するのは、同じくブロンディの「ハート・オブ・グラス」です。
「ハート・オブ・グラス(Heart of Glass)」は、1979年(昭和49年)1月3日にリリースされたブロンディの楽曲で、作詞:デボラ・ハリー、作曲:クリス・シュタインとなっています(Heart of Glass /Blondie)。
「ハート・オブ・グラス」もめちゃくちゃ流行りましたよね!「Once I had a love and it was a gas. Soon turned out had a heart of glass♪」って感じでしたね。
「ハート・オブ・グラス」は、アルバム「恋の平行線(Parallel Lines)」から1979年(昭和54年)1月にシングル・カットされ、アメリカやイギリスのヒットチャートにおいて1位を獲得するなど大ヒットとなりました。
この頃は、ブロンディというか、デボラ・ハリーがめっちゃ人気があったよね。
そうですね。当時は、今では死語となっていますがセックスシンボル的な扱われ方をしていましたよね。
そう言えば、デボラ・ハリーの唇には、保険がかけられていたんだってね。
当時は、足や唇に保険をかけるというのも話題になっていましたよね。
そんなブロンディの「ドリーミン」「ハート・オブ・グラス」の2曲をどうぞ!
1979年(昭和54年)ヒット曲
| 順位 | 曲名 | 歌手名 | 売上枚数 |
|---|---|---|---|
| 1位 | 夢追い酒 | 渥美二郎 | 145.4万 |
| 2位 | 魅せられて | ジュディ・オング | 120.4万 |
| 3位 | おもいで酒 | 小林幸子 | 99.7万 |
| 4位 | 関白宣言 | さだまさし | 99.0万 |
| 5位 | 北国の春 | 千昌夫 | 92.8万 |
| 6位 | ガンダーラ | ゴダイゴ | 82.1万 |
| 7位 | YOUNG MAN | 西城秀樹 | 80.8万 |
| 8位 | チャンピオン | アリス | 78.0万 |
| 9位 | みちづれ | 牧村三枝子 | 74.3万 |
| 10位 | カメレオン・アーミー | ピンク・レディー | 70.8万 |
📅 時代の記録:昭和50年代
「ドリーミン/ハート・オブ・グラス(ブロンディ) 1979年(昭和54年)」が発表された1979年ごろの日本は、社会的にも文化的にも大きな変革の時代でした。経済成長や社会変化の中で生まれたこの曲は、当時の人々の感情や生活を反映した音楽として、深く心に刻まれています。
音楽は時代の鏡とも言われます。この曲が持つ歌詞の世界観、サウンドのスタイルは、昭和50年代という時代背景と切り離して語ることができません。当時のヒット曲として、今もなお懐かしさとともに多くの人々に親しまれています。