今回ご紹介する1981年(昭和56年)のヒット曲は、西田敏行さんの「もしもピアノが弾けたなら」です。
「もしもピアノが弾けたなら」は、1981年(昭和56年)4月1日に発売された西田敏行さんのシングルです。作詞:阿久悠さん、作曲:坂田晃一さんとなっています。
西田敏行さんの「もしもピアノが弾けたなら」は大好きな曲です。歌い出しは「もしもピアノが弾けたなら、思いのすべてを歌にして、きみに伝えることだろう♪」でしたね。僕もピアノは弾けないので、この気持ちが良く分かります。
西田敏行さんの「もしもピアノが弾けたなら」ですが、オリコンランキングでは最高4位を獲得、レコード売上も51.7万枚を記録するなど大ヒットとなりました。
元々この曲は、1981年(昭和56年)に放映された西田敏行さん主演の「池中玄太80キロ」の第2シリーズの挿入歌でした。
※画像は、Hulu様からお借りしました。

「池中玄太80キロ」はほとんど見た記憶がないんだけど、当時の西田敏行さんの印象は、とにかく声がでかくてうるさいおじさんのイメージでしたよ。
確かに当時は、うるさい役者さんのイメージでしたね。でも、歌うと優しい感じがして個人的は私も「もしもピアノが弾けたなら」は好きでしたね。
「池中玄太80キロ」の主演は西田敏行さんでした。タイトルの「80キロ」は、当時の西田敏行さんの体重が80kgであったことに由来するんだそうです。「池中玄太80キロ」には、主演の西田敏行さんの他、坂口良子さん、三浦洋一さん、藤谷美和子さん、杉田かおるさんも出演していました。
余談ですが、1992年(平成4年)に放送されたスペシャル版では、西田敏行さんの体重が増えていたので「池中玄太83キロ」というタイトルだったそうです。
西田敏行さんの身長は166cmということだから、意外と体重あったんだね。
私と同じぐらいの背格好ですねw
西田敏行さんですが、この「もしもピアノが弾けたなら」で、1981年(昭和56年)の「第32回NHK紅白歌合戦」に初出場されています。
やかましいおっちゃんのイメージの西田敏行なんだけど、この曲は凄く優しくてイケメンおじさんになっちゃうんだよね。これ不思議…
1981年(昭和56年)ヒット曲
| 順位 | 曲名 | 歌手名 | 売上枚数 |
|---|---|---|---|
| 1位 | ルビーの指環 | 寺尾聰 | 132.7万 |
| 2位 | 奥飛騨慕情 | 竜鉄也 | 128.0万 |
| 3位 | スニーカーぶる~す | 近藤真彦 | 104.7万 |
| 4位 | ハイスクール・ララバイ | イモ欽トリオ | 95.9万 |
| 5位 | 長い夜 | 松山千春 | 86.6万 |
| 6位 | 大阪しぐれ | 都はるみ | 86.2万 |
| 7位 | 街角トワイライト | シャネルズ | 71.7万 |
| 8位 | 恋人よ | 五輪真弓 | 70.2万 |
| 9位 | チェリーブラッサム | 松田聖子 | 67.4万 |
| 10位 | 守ってあげたい | 松任谷由実 | 67.4万 |
🌟 アーティストと楽曲の魅力
「もしもピアノが弾けたなら(西田敏行) 1981年(昭和56年)」を生み出したアーティストは、昭和60年代の音楽シーンを代表する存在として、数多くの名曲を世に送り出してきました。この曲はその中でも特に完成度が高く、アーティストの個性と才能が存分に発揮された一作です。
独特の声質、表現力、音楽への情熱が凝縮されたこの楽曲は、発売から長い時間が経った今でも色あせることなく、多くのファンの心を捉え続けています。日本の音楽文化を語る上で欠かせない一曲と言えるでしょう。