今回ご紹介する1978年(昭和53年)のヒット曲は、矢沢永吉さんの「時間よ止まれ」です。 「時間よ止まれ」は、1978年(昭和53年)3月21日に発売された矢沢永吉さんの5枚目のシングルです。作詞:山川啓介さん、作曲:矢沢永吉さんとなっています。
個人的には、矢沢永吉さんの「時間よ止まれ」は、夏ソングベスト3に入る曲です。この曲を聞くと、あの時、あの夏にタイムスリップできます。 「罪なやつさ Ah~PACIFIC、碧く燃~える海~♪」ってね。
矢沢永吉さんの「時間よ止まれ」ですが、1978年(昭和53年)に資生堂のCMソングに採用され、オリコンランキング1位を獲得、ミリオンセラーを記録するなど大ヒットとなりました。 1978年(昭和53年)の資生堂のCMバージョンもどうぞ!
1978年(昭和53年)のヒット曲「時間よ止まれ」矢沢永吉 資生堂CMバージョン
このCMは憶えてますね~ 矢沢永吉さんは、キャロル時代からファンだったけど、ソロになってからこういう形でド~ンとお茶の間に出てくるなんて予想もしてませんでした。
そもそもは、ソニーのプロデューサー・酒井政利さんが、1977年(昭和52年)に電通主催の「南太平洋・裸足の旅」に参加した際に、サモアで記録された「まるで時間が止まっているようだ」という発言から、「時間よ止まれ」というキャッチコピーが決定し、資生堂のキャンペーン・ソングを作ることになったのがきっかけみたいです。 この件については、ピンク・レディー「UFO」の項でも触れています。
今考えると、「時間よ止まれ」というキャッチコピーは誰でも思いつきそうなものなんだけど、改めて考えると秀逸だよね。
確かにそうですよね。
しかし、「時間よ止まれ」というキャッチコピーを生んだ「南太平洋・裸足の旅」って凄い影響力だよね。
そうですよね。その企画からこの矢沢永吉さんの「時間よ止まれ」、山口百恵さんの「いい日旅立ち」、ジュディ・オングさんの「魅せられて」、久保田早紀さんの「異邦人ーシルクロードのテーマー」、ピンク・レディー「UFO」が生まれたって言われてますからね。
この当時のヒット曲のオンパレードですよね。そう考えるとマジで凄いなって思います。
さて、「時間よ止まれ」ですが、自立した女性をイメージさせるため、敢えて矢沢永吉さんに曲を依頼したそうですよ。
とは言え、ロック・ミュージシャンの矢沢永吉さんと資生堂の組み合わせって、当時は、かなりインパクトがあったよね。
曲作りに関してですが、資生堂からの「時間よ止まれ」というキャッチコピーとCM用の絵コンテをを矢沢永吉さんに渡してお願いしたんだそうですよ。それを受けて矢沢永吉さんが、ツアー中の楽屋でギター1本で作ったメロディだったと2000年代に入ってからのインタビューでご本人が語っています。
ギター1本であの名曲を作るなんて、やっぱり永ちゃんは天才ですよ。夏を思い浮かべるような詞とメロディが抜群ですよね。
トロピカルな雰囲気のサウンドが素晴らしい「時間よ止まれ」ですが、YMO結成前の坂本龍一さんがキーボード、高橋幸宏がドラマーとして参加している他、ベースは後藤次利さん、ギターは相沢行夫さんと木原敏雄さん、パーカッションは斉藤ノヴさんというメンバーだったそうです。
凄いメンバーだよね。マジで錚々たる顔ぶれですね。
ホント、凄いメンバーですよね。ところで、矢沢永吉さんの「時間よ止まれ」は当然、当時の人気歌番組「ザ・ベストテン」にもランクインしているのですが、出演は拒否したそうです。
最近はテレビでも矢沢永吉さんを見る機会も増えたんだけどね。50年近くも前はまだまだそんな時代だったかも…。
1978年(昭和53年)のヒット曲「時間よ止まれ」矢沢永吉
1978年(昭和53年)ヒット曲
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🏮 日本の音楽文化への影響
「時間よ止まれ(矢沢永吉) 1978年(昭和53年)」は単なるヒット曲を超え、昭和50年代の日本の音楽文化を形作った重要な楽曲の一つです。この時代の音楽は、テレビの普及やレコード産業の成長とともに、日本全国の家庭に届けられました。
その後の音楽シーンにも少なからず影響を与えたこの曲は、後続のアーティストたちにとってもインスピレーションの源となっています。昭和・平成の音楽史を辿る時、この曲は必ず言及される名曲として確固たる地位を築いています。
