今回ご紹介する1983年(昭和58年)のヒット曲は、山下達郎さんの「クリスマス・イブ」です。
「クリスマス・イブ」は、1983年(昭和58年)12月14日に発売された山下達郎さんの通算12作目のシングルです。作詞・作曲とも山下達郎さんとなっています。
山下達郎さんの「クリスマス・イブ」と言えば、松任谷由実さんの「恋人がサンタクロース」と並んで、Jポップのクリスマスソングの定番ですよね。
山下達郎さんの「クリスマス・イブ」ですが、アルバム「MELODIES」に収録された後にシングル・カットされました。

アルバム「MELODIES」も当時、よく聞いてました!
1:悲しみのJODY (She Was Crying)
2:高気圧ガール
3:夜翔 (Night-Fly)
4:GUESS I’M DUMB
5:ひととき
6:メリー・ゴー・ラウンド
7:BLUE MIDNIGHT
8:あしおと
9:黙想
10:クリスマス・イブ
11:SOUNDS WITH COKE THEME(Bonus Tracks)
12:高気圧ガール (Bonus Tracks)
13:BLUE MIDNIGHT (Bonus Tracks)
14:クリスマス・イブ(Bonus Tracks)
15:悲しみのJODY (Bonus Tracks)
特に、「悲しみのJODY」や「高気圧ガール」なんかはヘビロテしました。
アルバム「MELODIES」もいいアルバムでしたよね。さて、「クリスマス・イブ」に話を戻しますと1988年(昭和63年)に深津絵里さんが出演したJR東海の「クリスマス・エクスプレス」のCMに使われて一気に知名度があがりましたよね。その後、牧瀬里穂さんバージョンなんかも続いて、1991年(平成3年)には累計が100万枚を突破するなど、息の長いヒット曲となっていますね。
深津絵里さんのお化粧やファッションなんかを見るとあの時代にタイムスリップする人も多いんじゃないかな?私もあんな恰好してたなw
余談だけど、とんねるずのパロディも好きでしたよ
→とんねるずのCMパロディ
山下達郎さんの「クリスマス・イブ」ですが、2016年(平成28年)には30年連続でオリコンの週間シングルランキング「トップ100」に入ったとしてギネス世界記録に認定されているそうですよ。
40年以上も前の曲なんだけど、いつ聞いても新鮮なんだよね。
山下達郎さん自身も「クリスマス・イブ」は、自分の全作品中、詞・曲・編曲・演奏・歌唱・ミックス、すべての要素がバランスよく仕上がった数曲のひとつ「ベストソング=ベストヒット」であると話しているそうですよ。
今では、知らない人がいないくらい国民的な曲になっているよね。
まさにその通りですね。
ところで、山下達郎さんには大変、申し訳ないのですが、ずっと昔に「ボキャブラ天国」で見た「兄は夜更け過ぎに」というネタが大好きなんですw
これね!当時、見て大爆笑したネタだわ~
この「ユキエ」に変わった俳優さんが、半沢直樹で小木曽次長を怪演した緋田康人さんなんですよね。

半沢直樹に出てきたときは、思わず「ユキエ」ってつぶやいてしまいましたよ!!
話が脱線してしまいましたが、名曲、山下達郎さんの「クリスマス・イブ」をどうぞ!
1983年(昭和58年)ヒット曲
| 順位 | 曲名 | 歌手名 | 売上枚数 |
|---|---|---|---|
| 1位 | さざんかの宿 | 大川栄策 | 106.0万 |
| 2位 | 矢切の渡し | 細川たかし | 90.8万 |
| 3位 | めだかの兄妹 | わらべ | 88.5万 |
| 4位 | 探偵物語/すこしだけやさしく | 薬師丸ひろ子 | 84.1万 |
| 5位 | 氷雨 | 佳山明生 | 79.1万 |
| 6位 | キャッツ・アイ | 杏里 | 73.8万 |
| 7位 | ガラスの林檎/SWEET MEMORIES | 松田聖子 | 70.1万 |
| 8位 | セカンド・ラブ | 中森明菜 | 65.6万 |
| 9位 | フラッシュダンス | アイリーン・キャラ | 63.8万 |
| 10位 | め組のひと | ラッツ&スター | 62.2万 |
クリスマス・イブを振り返る
当時の音楽シーンを彩り、大きな感動を与えました。
音楽の軌跡
その活動は、現在のJ-POPシーンにも通じる革新性がありました。
この曲を聴く
Amazon Musicで聴けます。
🏮 日本の音楽文化への影響
「クリスマス・イブ(山下達郎) 1983年(昭和58年)」は単なるヒット曲を超え、昭和60年代の日本の音楽文化を形作った重要な楽曲の一つです。この時代の音楽は、テレビの普及やレコード産業の成長とともに、日本全国の家庭に届けられました。
その後の音楽シーンにも少なからず影響を与えたこの曲は、後続のアーティストたちにとってもインスピレーションの源となっています。昭和・平成の音楽史を辿る時、この曲は必ず言及される名曲として確固たる地位を築いています。