今回ご紹介する1984年(昭59年)のヒット曲は、大沢誉志幸さんの「そして僕は途方に暮れる」です。
「そして僕は途方に暮れる」は、1984年(昭和59年)9月21日にリリースされた大沢誉志幸さんの5枚目のシングルです。作詞:銀色夏生さん、作曲:大沢誉志幸さん、編曲:大村雅朗さんとなっています。
大沢誉志幸さんの「そして僕は途方に暮れる」は、個人的にはかなりの高得点の名曲だと思いますよ。歌い出しは、「見慣れない服を着た、君が今、出ていった、髪形を整え、テーブルの、上もそのままに♪」でした。曲の感じと大沢誉志幸さんのハスキーな声が絶妙にマッチしているんですよね。それと、この「そして僕は途方に暮れる」というそれまでにありそうでなかった曲のタイトルが絶妙ですよね。
大沢誉志幸さんの「そして僕は途方に暮れる」ですが、日清カップヌードルのCMソングに起用されるなどもありオリコンランキングでは最高6位、売上28.2万枚の大ヒットとなりました。
そうそう、日清カップヌードルのCMソングだったね。アルバム「CONFUSION」から「その気×××(mistake)」の次にシングルカットされたのが、「そして僕は途方に暮れる」だっと記憶しております。
アルバム「CONFUSION」も良いアルバムでしたよね。
そういえば、この「そして僕は途方に暮れる」は、元々、他の歌手へ提供するために作られた曲だったそうです。数人の歌手に一旦提供されたらしいのですが、理由は分かりませんが、誰も歌うことがなかったということで、結局、大沢誉志幸さんの元に戻ってきたという経緯があるそうですよ。不思議な縁ですよね。
他の誰かが歌っていたかもしれないんだね。個人的には、この曲には、やっぱり大沢誉志幸さんの声が合っていると思います。
数多くのアーティストにカバーされている「そして僕は途方に暮れる」なのですが、2023年には、Kis-My-Ft2の藤ヶ谷太輔さんが主演した映画「そして僕は途方に暮れる 」の主題歌として使われました。こちらはご本人が歌っています。
映画化されたとは知りませんでした。
映画「そして僕は途方に暮れる」ですが、元々は、シアターコクーンで上演されていた「そして僕は途方に暮れる」という舞台を原作としていて、藤ヶ谷太輔さん、前田敦子さんなどが出演していました。
とても40年も前の曲とは思えない1984年(昭59年)のヒット曲、大沢誉志幸さんの「そして僕は途方に暮れる」をどうぞ!
1984年(昭和59年)ヒット曲
| 順位 | 曲名 | 歌手名 | 売上枚数 |
|---|---|---|---|
| 1位 | もしも明日が…。 | わらべ | 97.0万 |
| 2位 | ワインレッドの心 | 安全地帯 | 69.6万 |
| 3位 | Rock’n Rouge | 松田聖子 | 67.4万 |
| 4位 | 涙のリクエスト | チェッカーズ | 66.8万 |
| 5位 | 哀しくてジェラシー | チェッカーズ | 65.8万 |
| 6位 | 十戒 | 中森明菜 | 60.9万 |
| 7位 | 娘よ | 芦屋雁之助 | 58.1万 |
| 8位 | 星屑のステージ | チェッカーズ | 57.6万 |
| 9位 | 北ウイング | 中森明菜 | 56.8万 |
| 10位 | サザン・ウインド | 中森明菜 | 54.4万 |
そして僕は途方に暮れるを振り返る
当時の音楽シーンを彩り、大きな感動を与えました。
音楽の軌跡
その活動は、現在のJ-POPシーンにも通じる革新性がありました。
この曲を聴く
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🏮 日本の音楽文化への影響
「そして僕は途方に暮れる(大沢誉志幸) 1984年(昭和59年)」は単なるヒット曲を超え、昭和60年代の日本の音楽文化を形作った重要な楽曲の一つです。この時代の音楽は、テレビの普及やレコード産業の成長とともに、日本全国の家庭に届けられました。
その後の音楽シーンにも少なからず影響を与えたこの曲は、後続のアーティストたちにとってもインスピレーションの源となっています。昭和・平成の音楽史を辿る時、この曲は必ず言及される名曲として確固たる地位を築いています。