今回ご紹介する1971年(昭和46年)のヒット曲は、南沙織さんの「17才」です。 「17才」は、1971年(昭和46年)6月1日に発売された南沙織さんのデビュー・シングルです。作詞:有馬三恵子さん、作曲・編曲:筒美京平さんとなっています。
南沙織さんの「17才」好きだったなぁ~ 「誰もいない海~、二人の愛を確かめたくて~♪」ってね! 全然関係ないけど、当時読んでた小学2年生だったか3年生だったか忘れたんだけど、南沙織さんの紹介ページに、猿に引っかかれてできた傷があると書いてあったのを覚えているんだよ…。でも、調べたけど出てこなかった…。
その猿に引っかかれてできた傷って、あなたの妄想じゃないですよね? まぁ、それは置いておいて南沙織さんの「17才」ですが、1989年の森高千里さんのカバーや2008年の銀杏BOYZさんのカバーでも有名ですよね。
うんうん。森高千里さんの「17才」も良かったよね~ →森高千里さんの「17才」PVはこちら
南沙織さんは沖縄県の出身なのですが、1971年(昭和46年)の春、本土復帰前の沖縄からお母さまと二人で上京され6月1日には歌手デビューと、わずか3ヶ月足らずでスピードデビューされています。
そう言えば、沖縄が本土に復帰したのが、1972年(昭和47年)5月15日のことなんだよね。それまでは、沖縄に行くには確かパスポートが必要だったとか聞いたことがる。しかし、3カ月でデビューって、南沙織さんにはよっぽど才能があったんだろうけど、どんなきっかけで見いだされたんだろう?
それなんですが、琉球放送のテレビ番組にヒデとロザンナがゲスト出演した際、そのマネージャーが持ち帰った写真に南沙織さんが映っていて、たまたまソニー関係者の目に留まったことから、東京に呼び寄せられることとなったそうですよ。
写真見て、それだけで東京に呼び寄せるって、凄い度胸だよね、その担当者!
しかも、「17才」は、デビュー曲ながら、54万枚を超えるヒットとなりました。
それで、大ヒットするんだからすごい!
南沙織さんは、同時期にデビューした小柳ルミ子さんや天地真理さんと共に 「新三人娘」 と呼ばれていましたが、その中でも当時のアイドルの代表格であったと思います。
三人とも好きだったし、よくテレビでも見てたけど、どっちかと言うと天地真理さんが好きだったかな?
南沙織さんは、1971年(昭和46年)の第13回日本レコード大賞新人賞、日本歌謡大賞放送音楽新人賞、新宿音楽祭金賞など様々な賞を受賞しました。また、NHKの「第22回NHK紅白歌合戦」にデビューからわずか半年で出場されています。
「NHK紅白歌合戦」にメジャーデビュー後最速出場の記録は、1位が櫻坂46でデビューから22日、2位がNiziUで29日みたいなんだけど、南沙織さんの場合、もう50年以上も前の話でしょ…。今とは全く環境も違うだろうしデビューから半年で出場したっていうのもかなり凄いのではないかと思うよ。
ところで、南沙織さんは、1954年生まれ、沖縄県中頭郡嘉手納町出身で、ご主人は著名な写真家の篠山紀信さんです。
篠山紀信さんと結婚されたのは1979年(昭和54年)のことのようだけど、これにはびっくりしたね!
1971年(昭和46年)のヒット曲「17才」南沙織
1971年 邦楽ヒット曲 ランキング
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17才を振り返る
当時の音楽シーンを彩り、大きな感動を与えました。
音楽の軌跡
その活動は、現在のJ-POPシーンにも通じる革新性がありました。
この曲を聴く
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🏮 日本の音楽文化への影響
「17才(南沙織) 1971年(昭和46年)」は単なるヒット曲を超え、昭和50年代の日本の音楽文化を形作った重要な楽曲の一つです。この時代の音楽は、テレビの普及やレコード産業の成長とともに、日本全国の家庭に届けられました。
その後の音楽シーンにも少なからず影響を与えたこの曲は、後続のアーティストたちにとってもインスピレーションの源となっています。昭和・平成の音楽史を辿る時、この曲は必ず言及される名曲として確固たる地位を築いています。
