今回ご紹介する1980年(昭和55年)のヒット曲は、長渕剛さんの「順子」です。 「順子」は、1980年(昭和55年)6月5日にリリースされた長渕剛さん5枚目のシングルです。作詞・作曲:長渕剛さん、編曲:瀬尾一三さんとなっています。
長渕剛さんと言うと「乾杯」とか「とんぼ」とかあるけど、個人的には、長渕剛さんというと、まだロン毛でこの「順子」を歌っていた頃の印象が強いんです。歌い出しは、「離れない、離さない、離したくない君、いろんな言葉で君に愛を告げてきたけれども♪」でしたよね。でもやっぱり「オー順子、君の名をよべば僕はせつないよ♪」ってところが一番好きかな?
長渕剛さんの「順子」ですが、オリコンランキングでは1位を獲得、レコード売上は94.2万枚を超える大ヒットとなりました。
そんなヒットしたイメージが無かったんだけど、大ヒットだったんだね。 そう言えば、当時、同じクラスにこの曲と同じ字の「順子」ちゃんがいたんだけど、好きだったんだよね。懐かしい思い出だわ。
そう言えば、長渕剛さんの「順子」にもモデルがいるんだそうですよ。
えっ、そうなの?
長渕剛さんが小学校2年生の時に好きになって、大人になってから鹿児島で偶然再会した「順子」さんという方がモデルなんだそうですよ。
小学校2年の頃の好きな女の子と大人になって会っても、分からないんじゃないの?女の子変わるからね~。でも、逆に分かるところが凄いかも! ちなみに私の初恋は、小学校3年か4年の頃で「由美子」ちゃんだったな。大好きだったんだけど、途中で転校しちゃったんだよね。
あなたの初恋話は置いといて、「順子」に話を戻すと、曲が大ヒットしたことでテレビ番組への出演依頼が殺到したそうです。ただ、長渕剛さんはテレビ出演には否定的だったということで、ほとんど出演してないんですよね。
確かに、この当時は、テレビで見た印象はあんまりないよね。最近ではかなり見る機会も増えたけど…。
ただ、体が不自由なファンから「ライブ会場に行くことができない」というファンレターを読んだことでテレビ出演を決意、1980年(昭和55年)7月31日の「ザ・ベストテン」に出演しているそうですよ。
なるほどね。
意外と反応が薄いですね。
いや、当時大好きだった石野真子さんを長渕剛さんが奪ったからね~ それから、長渕剛さんは、イマイチ好きになれないんだよね~
すっごい個人的な妬みですね。しかも、あなた芸能人でもないし…
あ~、でも曲に罪はないですからね。「順子」も好きですよ! それでは、長渕剛さんの「順子」をどうぞ!
1980年(昭和55年)のヒット曲「順子」長渕剛
1980年(昭和55年)ヒット曲
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順子を振り返る
当時の音楽シーンを彩り、大きな感動を与えました。
音楽の軌跡
その活動は、現在のJ-POPシーンにも通じる革新性がありました。
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🏮 日本の音楽文化への影響
「順子 (長渕剛) 1980年(昭和55年)」は単なるヒット曲を超え、昭和60年代の日本の音楽文化を形作った重要な楽曲の一つです。この時代の音楽は、テレビの普及やレコード産業の成長とともに、日本全国の家庭に届けられました。
その後の音楽シーンにも少なからず影響を与えたこの曲は、後続のアーティストたちにとってもインスピレーションの源となっています。昭和・平成の音楽史を辿る時、この曲は必ず言及される名曲として確固たる地位を築いています。
