今回ご紹介する1971年(昭和46年)のヒット曲は、奥村チヨさんの「終着駅」です。
「終着駅」は、1971年(昭和46年)12月25日に発売された奥村チヨさんのシングルです。作詞:千家和也さん、作曲:浜圭介さん、編曲:横内章次さんとなっています。
「落ち葉の舞い散る停車場は~、悲しい女の吹きだまりだから~♪」って歌詞の曲だよね。一応、覚えてるわ~
とうべえは、結構、色々な歌を覚えてるよね?
ひとりっ子だったし、テレビばっかり見てたからかな?
奥村チヨさんですが、黛ジュンさん、小川知子さんとともに「東芝3人娘」と言われていました。
御三家とか、三人娘とか、だいたい「3」がつくよね。
ちなみに、黒柳徹子さん、横山道代さん、里見京子さん(又は水谷良重さん)のお三方が、日本のタレントで初めて「三人娘」と呼ばれたユニットなのだそうですよ。
他にも 美空ひばりさん、江利チエミさん、雪村いづみさんのお三方で、元祖三人娘(ジャンケン娘)というようなのもあります。
きんちゃんさぁ、生まれる前の時代のネタだし、正直、元祖も初代も分からんよ。
ってか、初代と元祖だと元祖が古そうだけど、新しいのね。
話を戻して、奥村チヨさんですが、楽曲としては、「恋の奴隷」「恋狂い」「恋泥棒」の「恋3部作」が売れたことで、人気歌手の地位を確立したんですね。
やはり、また、ここでも「3」なんだよね。
奥村チヨさんは、自身のイメージを脱却しようと、歌手引退も辞さない強い気持ちをもって臨んだこの「終着駅」を歌ったそうです。
イメチェンを図ったってことね。
その甲斐もあって「終着駅」は販売枚数が40万枚を超える大ヒットとなりました。
大ヒットして、良かったよね。
奥村チヨさんですが、「終着駅」を作曲した浜圭介と1974年に結婚、芸能界を引退されました。
引退覚悟で臨んだ曲が大ヒット、そしてそれを作曲した人と結婚するなんて、なんか、ドラマみたいなエンディングだよね。
1971年 邦楽ヒット曲 ランキング
| 順位 | 曲名 | 歌手名 | 売上枚数 |
|---|---|---|---|
| 1位 | わたしの城下町 | 小柳ルミ子 | 110.3万 |
| 2位 | 知床旅情 | 加藤登紀子 | 102.8万 |
| 3位 | また逢う日まで | 尾崎紀世彦 | 92.8万 |
| 4位 | 傷だらけの人生 | 鶴田浩二 | 77.9万 |
| 5位 | ナオミの夢 | ヘドバとダビデ | 66.6万 |
| 6位 | よこはま・たそがれ | 五木ひろし | 60.6万 |
| 7位 | 花嫁 | はしだのりひことクライマックス | 60.5万 |
| 8位 | 雨のバラード | 湯原昌幸 | 55.5万 |
| 9位 | 望郷 | 森進一 | 54.5万 |
| 10位 | さらば恋人 | 堺 正章 | 52.9万 |
終着駅を振り返る
当時の音楽シーンを彩り、大きな感動を与えました。
音楽の軌跡
その活動は、現在のJ-POPシーンにも通じる革新性がありました。
この曲を聴く
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🏮 日本の音楽文化への影響
「終着駅(奥村チヨ) 1971年(昭和46年)」は単なるヒット曲を超え、昭和50年代の日本の音楽文化を形作った重要な楽曲の一つです。この時代の音楽は、テレビの普及やレコード産業の成長とともに、日本全国の家庭に届けられました。
その後の音楽シーンにも少なからず影響を与えたこの曲は、後続のアーティストたちにとってもインスピレーションの源となっています。昭和・平成の音楽史を辿る時、この曲は必ず言及される名曲として確固たる地位を築いています。