「仮面ライダー」は、石森章太郎さん原作で、1971年(昭和46年)4月3日から1973年2月10日まで、NET系列で放送された特撮テレビドラマ作品です(全98話)。
遂に出てきましたね!「仮面ライダー」大好きだったな~
あの当時の小学生はみんな「へんしん!トゥ!」って「変身ポーズ」してたよね~
※画像は、仮面ライダー図鑑様からお借りしました。

そうそう!小学生の頃の写真を見ると、ジャングルジムの上とかで、みんな「変身ポーズ」しているのが何枚も出てくるよw
ちなみに、「仮面ライダー」の最高視聴率は、関東が30.1パーセント、関西が35.5パーセントだそうです。
みんな、めっちゃ見てるやん!
さて、「仮面ライダー」の主人公は、優秀な科学者にしてオートレーサーの大学生・本郷猛(藤岡弘さん)です。本郷猛は、世界征服を企てる悪の秘密結社・ショッカーに捕われバッタの能力を持つ改造人間に改造されてしまいます。
しかし、緑川博士の協力でアジトから脱出、仮面ライダーとして、ショッカーが送り出す怪人たちを次々に倒していきます。
最初のシーンで手術台の上に本郷猛が乗せられているシーンがあったよね。
しかし、本郷猛は大学生だったんだ~
自分が、小さかったからか大学生には見えなかった…
ショッカーは仮面ライダー倒すため、フリーカメラマン・一文字隼人(佐々木剛さん)を改造人間にするものの脳改造の直前に本郷に救出され、もう1人の仮面ライダーとなります。
こうして誕生した2人の仮面ライダーは日本と海外に別れ、時には共闘しながら、ショッカーと戦うというようなストーリーでした。
え~、仮面ライダー1号と2号って最初の「仮面ライダー」シリーズに出てきたんだ。そのへん、遠い記憶過ぎて思い出せないなぁ~
調べてみたところ、本郷猛は、第13話を最後に海外へ渡るみたいです。そして、第40話で死神博士を追って一時帰国、第53話から再び日本でのショッカーの戦いに身を投じるみたいですよ。
「仮面ライダー」って本郷猛のイメージが強かったんだけど、実際は一文字隼人の方が長く放送されてるんだね。
一文字隼人は、第14話より、海外に渡った本郷に代わって日本の守りにつきますが、第52話以降は、本郷と交代して南米へ旅立つようです。
なるほど~!分かってスッキリしたわ!
主題歌「レッツゴー!! ライダーキック」は、作詞:石森章太郎さん、作曲・編曲:菊池俊輔さん、歌:藤岡弘さん(第1~13話)、藤浩一さん(のちの子門真人さん|第14~88話)、メール・ハーモニーのみなさんとなっています。
この「仮面ライダー」の主題歌は、めっちゃ流行ったよね!
「レッツゴー!! ライダーキック」は、130万枚以上の大ヒットとなりました。
下門正人さんの声が好きやったし、モノマネしてたわ~
ちなみに、藤浩一さん=子門真人さんは、1944年生まれの東京都目黒区出身の歌手で、代表曲に「およげ!たいやきくん」「レッツゴー!! ライダーキック」などがあります。水木一郎さんやささきいさおさんと並んでアニメソング御三家と称されました。
アニソン御三家!最高だよね~!みんな真似してたわ~
ささきいさおさんは激ムズだったなぁ~
あなたのモノマネ談義はもういいですよw
余談だけど、仮面ライダーのベルトは、風がないと変身できないんだよ。
だから、飛んだり跳ねたりしてタイフーンを回すんだよ。知ってた?
へ~、そうなんだ。勝手に回ってるとばかり思ってた。
自力でタイフーンを回してるわけね。
風車を自分で走って回しているのと同じ原理なんだね!
そういうこと!
1971年 邦楽ヒット曲 ランキング
| 順位 | 曲名 | 歌手名 | 売上枚数 |
|---|---|---|---|
| 1位 | わたしの城下町 | 小柳ルミ子 | 110.3万 |
| 2位 | 知床旅情 | 加藤登紀子 | 102.8万 |
| 3位 | また逢う日まで | 尾崎紀世彦 | 92.8万 |
| 4位 | 傷だらけの人生 | 鶴田浩二 | 77.9万 |
| 5位 | ナオミの夢 | ヘドバとダビデ | 66.6万 |
| 6位 | よこはま・たそがれ | 五木ひろし | 60.6万 |
| 7位 | 花嫁 | はしだのりひことクライマックス | 60.5万 |
| 8位 | 雨のバラード | 湯原昌幸 | 55.5万 |
| 9位 | 望郷 | 森進一 | 54.5万 |
| 10位 | さらば恋人 | 堺 正章 | 52.9万 |
🌟 アーティストと楽曲の魅力
「仮面ライダー 1971年(昭和46年)」を生み出したアーティストは、昭和50年代の音楽シーンを代表する存在として、数多くの名曲を世に送り出してきました。この曲はその中でも特に完成度が高く、アーティストの個性と才能が存分に発揮された一作です。
独特の声質、表現力、音楽への情熱が凝縮されたこの楽曲は、発売から長い時間が経った今でも色あせることなく、多くのファンの心を捉え続けています。日本の音楽文化を語る上で欠かせない一曲と言えるでしょう。