今回ご紹介する1981年(昭和56年)のヒット曲は、堀江淳さんの「メモリーグラス」です。
「メモリーグラス」は、1981年(昭和56年)4月21日に発売された堀江淳さんのデビューシングルです。作詞・作曲:堀江淳さん、編曲:船山基紀さんとなっています。
「水割り」って言葉が出て来るだけに、堀江淳さんの「メモリーグラス」もよくスナックのカラオケで聞きましたね。男女を問わず歌っていたイメージなんですよね。歌い出しは、「水割りをください、涙の数だけ♪」でしたね。個人的には、サビの「あいつなんか、あいつなんか、あいつなんか、飲みほしてやるわ♪」ってところが印象に残ってる曲ですね。
堀江淳さんの「メモリーグラス」ですが、デビュー曲ながら、オリコンランキングでは最高3位を獲得、レコード売上も53.4万枚を記録するなど大ヒットとなりました。
「メモリーグラス」は堀江淳さんが作詞作曲しているんだね。これは知りませんでした。ところで、歌い出しの「水割りをください♪」という歌詞は水商売とかの経験がないと、なかなかパッと出てこないと思うんだけど、そのあたりはどうなのかな?
堀江淳さんですが、1960年生まれ、北海道苫小牧市の出身です。札幌のライブハウスを中心に活動していたそうですが、1979年(昭和54年)にCBSソニーの第1回SDオーディションに合格して、この「メモリーグラス」でデビューされています。
堀江淳さんですが、昔、お酒を提供する店でアルバイトしていた時期があったそうですよ。そこで、お客さんが「水割りを下さい」という言葉が耳に残っており、そこから「メモリーグラス」という曲へのインスピレーションを膨らませたんだそうです。
やはり、そうですか!
実際、広尾の交差点で信号待ちをしている時に「水割りを下さい。涙の数だけ」という歌詞とメロディーが思い浮かんだそうですよ。
堀江淳さんにもやっぱり「曲が下りて来るタイミング」があったってことなんだね。
しかし、広尾の交差点ってところがリアル過ぎるねw
堀江淳さんといえば「メモリーグラス」ですが、逆に言えば、その一曲しかヒットしなかったということで、所謂、「一発屋」として世間では広く知られている存在です。よくある「あの人は今!?」系の番組には度々顔を出していますよ。
時々思い出してもらうっていうのも大事なことだよね。そもそも大ヒット曲がないと思い出してもらえないもんね。
余談になりますが、「メモリーグラス」のヒット後、交通事故に遭ったそうなんですが、その時に死亡説が流れたことがあるんだそうですよ。回復後に、健在をアピールするために「生きてますよコンサートツアー」をやったそうです。
堀江淳さん、ユーモアたっぷりの面白い人なんだね。
そう言えば、最近、近所でカラオケ大会があったんだけど、どこかのおばちゃんが、この「メモリーグラス」を熱唱していましたよw
それでは、堀江淳さんの「メモリーグラス」をどうぞ!
1981年(昭和56年)ヒット曲
| 順位 | 曲名 | 歌手名 | 売上枚数 |
|---|---|---|---|
| 1位 | ルビーの指環 | 寺尾聰 | 132.7万 |
| 2位 | 奥飛騨慕情 | 竜鉄也 | 128.0万 |
| 3位 | スニーカーぶる~す | 近藤真彦 | 104.7万 |
| 4位 | ハイスクール・ララバイ | イモ欽トリオ | 95.9万 |
| 5位 | 長い夜 | 松山千春 | 86.6万 |
| 6位 | 大阪しぐれ | 都はるみ | 86.2万 |
| 7位 | 街角トワイライト | シャネルズ | 71.7万 |
| 8位 | 恋人よ | 五輪真弓 | 70.2万 |
| 9位 | チェリーブラッサム | 松田聖子 | 67.4万 |
| 10位 | 守ってあげたい | 松任谷由実 | 67.4万 |
🎼 この曲の音楽的背景
「メモリーグラス(堀江淳) 1981年(昭和56年)」は昭和60年代の音楽シーンを彩った名曲として、多くのリスナーに愛され続けています。当時のレコード産業の発展とともに、この曲は広くラジオやテレビで流れ、日本中に浸透していきました。音楽評論家からも高い評価を受け、このジャンルの代表的な作品として現在も語り継がれています。
歌詞のテーマ、メロディーライン、アレンジの妙が組み合わさり、時代を超えた普遍的な魅力を持つ一曲となっています。ぜひAmazonミュージックなどで聴いてみてください。