今回ご紹介する1972年(昭和47年)のヒット曲は、カーペンターズの「トップ・オブ・ザ・ワールド」です。
「トップ・オブ・ザ・ワールド(Top of the World)」は、カーペンターズが1972年(昭和47年)に発表した楽曲です。作詞:ジョン・ベティス、・作曲:リチャード・カーペンターとなっています。
「トップ・オブ・ザ・ワールド」と言えば、爽やかな感じが気持ち良い有名な曲ですよね!
「Such a feelin’s comin’ over me~. There is wonder in most every thing I see~♪」
「トップ・オブ・ザ・ワールド」は発表の翌年1973年(昭和48年)にBillboard Hot 100において1位になり、カーペンターズにとって2曲目のナンバーワンシングルとなりました。ちなみに、カーペンターズにとって最初のナンバーワンシングルは1970年(昭和45年)に発売した「遙かなる影( Close to You)」です。
「トップ・オブ・ザ・ワールド」も「遙かなる影( Close to You)」も、どちらも有名な曲だよね!
その「トップ・オブ・ザ・ワールド」なんですが、元々、カーペンターズはアルバム内の1曲として考えていたそうなんです。
まぁ、カーペンターズ的には、余り閃かなかったってことで、シングルカットするには及ばないよね~って感じだったんだろうね。
ところが、リン・アンダーソンというカントリー歌手が、この「トップ・オブ・ザ・ワールド」をカバーしたところ、アメリカのカントリー音楽チャートにおいて1973年(昭和48年)に2位を獲得するなど大ヒットとなりました。
ちなみに、リン・アンダーソンは、1970年代から1980年代に一連のヒット曲を出し、多数の受賞歴をもつアメリカ合衆国のカントリー音楽歌手です。
リン・アンダーソンって有名なアーティストなんですね。申し訳ありません。知りませんでした。
このリン・アンダーソン版の成功を受けてカーペンターズはアレンジし直した新しい「トップ・オブ・ザ・ワールド」を発売してみると、アメリカのポップチャートで1位になったということのようです。
なるほど~!つまり、リン・アンダーソンのカバーがヒットしなければ、カーペンターズもシングルカットしなかった訳で、当然、ナンバーワンシングルにはならなかったということなんだね。面白いね!
「トップ・オブ・ザ・ワールド」ですが、様々なテレビ番組やCMの中でも使われています。例えば、アサヒビールの「食彩麦酒」のCMソング、サントリーの清涼飲料水「ポップ」のCMソング、日本生命保険の企業CMソングなどです。
曲が爽やかな感じだから、CMソングとしては使いやすいんだろうね。
1972年 邦楽ヒット曲 ランキング
| 順位 | 曲名 | 歌手名 | 売上枚数 |
|---|---|---|---|
| 1位 | 女のみち | 宮史郎とぴんからトリオ | 138.3万 |
| 2位 | 瀬戸の花嫁 | 小柳ルミ子 | 69.5万 |
| 3位 | さよならをするために | ビリーバンバン | 66.7万 |
| 4位 | 旅の宿 | よしだたくろう | 66.6万 |
| 5位 | 悪魔がにくい | 平田隆夫とセルスターズ | 65.1万 |
| 6位 | ひとりじゃないの | 天地真理 | 60.1万 |
| 7位 | 京のにわか雨 | 小柳ルミ子 | 56.9万 |
| 8位 | 別れの朝 | ペドロ&カプリシャス | 55.7万 |
| 9位 | 小さな恋 | 天地真理 | 54.7万 |
| 10位 | 太陽がくれた季節 | 青い三角定規 | 50.2万 |
🏮 日本の音楽文化への影響
「トップ・オブ・ザ・ワールド (カーペンターズ) 1972年(昭和47年)」は単なるヒット曲を超え、昭和50年代の日本の音楽文化を形作った重要な楽曲の一つです。この時代の音楽は、テレビの普及やレコード産業の成長とともに、日本全国の家庭に届けられました。
その後の音楽シーンにも少なからず影響を与えたこの曲は、後続のアーティストたちにとってもインスピレーションの源となっています。昭和・平成の音楽史を辿る時、この曲は必ず言及される名曲として確固たる地位を築いています。