「スペクトルマン」は、1971年(昭和46年)1月2日から1972年3月25日にかけてフジテレビで放送された特撮ヒーロー番組です。
これも見てましたね~
でも、スタートが1月2日って結構、珍しいよね。
当初の題名は悪役を冠にした「宇宙猿人ゴリ」だったそうですよ。しかしその後、「宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン」を経て、最終的に「スペクトルマン」へと改題されたのだそうです。第二次怪獣ブーム(または「変身ブーム」)の先駆けともされています。
第二次怪獣ブームがあったってことは、第一次怪獣ブームもあったってこと?
「ウルトラQ」や「ウルトラマン」「マグマ大使」などで巨大な「怪獣」が登場する特撮テレビ番組が相次いで制作され、子供を中心にして爆発的なブームとなった社会現象のことを第一次怪獣ブーム と言うようです。
期間としては1966年(昭和41年)から1968年(昭和43年)頃とされています。
お~!
で、第二次怪獣ブーム とは、1971年(昭和46年)から1974年(昭和49年)頃で、別称変身ブームとも言われているようです。
1971年(昭和46年)に「スペクトルマン」が放映開始されると、およそ3年ぶりに巨大ヒーロー番組として「帰ってきたウルトラマン」「ミラーマン」「変身忍者 嵐」などが競って放送されるようになりました。
なるほど、なるほど。
第一次怪獣ブームとは異なり、第二次怪獣ブーム は、「変身」するというところがポイントのようですよ。私やとうべえなんかだとやっぱり仮面ライダーが一番人気だと思いますが、仮面ライダーが1971年(昭和46年)4月3日スタートなので、その点「スペクトルマン」が第二次怪獣ブームの先駆けだったと言えるのかもしれません。
確かにこの頃は、どこのチャンネルでも変身モノを何かやってる感じだったし、確かに一大ブームだったのかもしれないね。
話を「スペクトルマン」に戻すと、ストーリーとしては、惑星Eから追放された悪の天才科学者・宇宙猿人ゴリが地球に到達、最初は、美しい地球に魅せられるゴリだったのですが、公害による地球汚染を見て激怒、自分が人間にとって代わって地球の支配者になろうと考えます。
ゴリが地球支配を目指す理由は、地球人に対する怒りだったんだね。
宇宙猿人ゴリは次々と侵略怪獣を送り出すのですが、ネビュラ71遊星の指令で地球に派遣されたエージェント、スペクトルマンがその前に立ちはだかるというようなストーリーです。
いや~、ストーリーは全然覚えてなかったけど、教えてくれてありがとう。
いえいえ。
ちなみに「スペクトルマン」は、怪獣対変身した主人公という構図は他の特撮テレビ番組と同じなんですが、最初は、悪役・宇宙猿人ゴリが主役、正義のヒーロー・スペクトルマンが脇役という逆の演出となっていました。
覚えてはいないんだけど、確かにゴリの存在感は大きかったね!
テーマソングも強力なエンディングがありましたよね。
オープニング「スペクトルマン・ゴーゴー」は、作詞:雨宮雄児さん、作曲:宮内國郎さん、歌:みすず児童合唱団、ハニー・ナイツ、スタジオ・オーケストラのみなさんとなっています。
エンディング「宇宙猿人ゴリなのだ」は、作詞:雨宮雄児 さん、作曲:宮内國郎さん、歌:ハニー・ナイツ、スタジオ・オーケストラ / セリフ:小林清志さんとなっています。
確かに、オープニングテーマより、エンディングのイメージが強いかも。
オープニング「スペクトルマン・ゴーゴー」
エンディング「宇宙猿人ゴリなのだ」
1971年 邦楽ヒット曲 ランキング
| 順位 | 曲名 | 歌手名 | 売上枚数 |
|---|---|---|---|
| 1位 | わたしの城下町 | 小柳ルミ子 | 110.3万 |
| 2位 | 知床旅情 | 加藤登紀子 | 102.8万 |
| 3位 | また逢う日まで | 尾崎紀世彦 | 92.8万 |
| 4位 | 傷だらけの人生 | 鶴田浩二 | 77.9万 |
| 5位 | ナオミの夢 | ヘドバとダビデ | 66.6万 |
| 6位 | よこはま・たそがれ | 五木ひろし | 60.6万 |
| 7位 | 花嫁 | はしだのりひことクライマックス | 60.5万 |
| 8位 | 雨のバラード | 湯原昌幸 | 55.5万 |
| 9位 | 望郷 | 森進一 | 54.5万 |
| 10位 | さらば恋人 | 堺 正章 | 52.9万 |
📅 時代の記録:昭和50年代
「スペクトルマン 1971年(昭和46年)」が発表された1971年ごろの日本は、社会的にも文化的にも大きな変革の時代でした。経済成長や社会変化の中で生まれたこの曲は、当時の人々の感情や生活を反映した音楽として、深く心に刻まれています。
音楽は時代の鏡とも言われます。この曲が持つ歌詞の世界観、サウンドのスタイルは、昭和50年代という時代背景と切り離して語ることができません。当時のヒット曲として、今もなお懐かしさとともに多くの人々に親しまれています。