今回ご紹介する1974年(昭和49年)のヒット曲は、クイーンの「キラー・クイーン」です。
「キラー・クイーン(Killer Queen)」は、1974年(昭和49年)10月11日にリリースされたクイーンの楽曲です。アルバム「シアー・ハート・アタック」からの第1弾シングルで、作詞・作曲はフレディ・マーキュリーとなっています。
「キラー・クイーン」と言えば、初期のクイーンのヒット曲ですよね。キャッチーなメロディが印象的なんだけど、なんとなく他の音楽ジャンルも混ざっているような不思議な楽曲です。
サビの「She’s a killer Queen Gunpowder, gelatine Dynamite with a laser beam」ってところを辞書で調べた記憶がありますね。
確かに、当時、サビの「She’s a killer Queen Gunpowder, gelatine Dynamite with a laser beam」ってどんな意味なんだろうって思いましたね。
さて、「キラー・クイーン」ですが、イギリスのチャートで2位、アメリカのチャートで12位にランクインするなど、クイーンにとっては初のスマッシュヒットとなりました。ちなみに、日本では1975年(昭和50年)4月28日付にて1位を記録しています。
1973年(昭和48年)のデビューアルバム「戦慄の王女(Queen)」がイマイチで、1974年(昭和49年)の2ndアルバム「クイーンII」がちょっと当たって、そしてこの「シアー・ハート・アタック」でドーんときた感じなのかな。
まぁ、そこらへんは良く分かりませんけど、次作の「オペラ座の夜」の「ボヘミアン・ラプソディー」でドッカーんという感じかもしれませんね。
なるほど、「オペラ座の夜」の「ボヘミアン・ラプソディー」が大ヒットしましたからね。それに隠れる感じになってるけど、個人的には、「シアー・ハート・アタック」の方が好きですね。
話を「キラー・クイーン」に戻しますと、歌詞は上流階級のコールガールについて歌ったものだそうです。
英語が分からないからスルーしてたけど、そう言う内容なのね。
今回は、「シアー・ハート・アタック」からもう1曲「ブライトン・ロック」をお届けしますね。
アルバム「シアー・ハート・アタック」のA面1曲目は「ブライトン・ロック」だから、かなり力の入る名曲ですよね。ブライアン・メイの独特のギターサウンドが堪りませんよね!
話は戻るけど、「キラー・クイーン」は、既にミュージックビデオがあるんですよね。
50年も前にミュージックビデオがあるってことが驚きなんだけど、この当時のロックアーティストって、みんなこんな髪型だよね。
1974年(昭和49年)ヒット曲
| 順位 | 曲名 | 歌手名 | 売上枚数 |
|---|---|---|---|
| 1位 | なみだの操 | 殿さまキングス | 193.6万 |
| 2位 | あなた | 小坂明子 | 164.9万 |
| 3位 | うそ | 中条きよし | 150.1万 |
| 4位 | ふれあい | 中村雅俊 | 117.7万 |
| 5位 | 恋のダイヤル6700 | フィンガー5 | 83.7万 |
| 6位 | 夫婦鏡 | 殿さまキングス | 79.4万 |
| 7位 | くちなしの花 | 渡哲也 | 77.5万 |
| 8位 | 激しい恋 | 西城秀樹 | 58.4万 |
| 9位 | 積木の部屋 | 布施明 | 55.4万 |
| 10位 | 学園天国 | フィンガー5 | 54.0万 |
🏮 日本の音楽文化への影響
「キラー・クイーン/ブライトン・ロック(クイーン) 1974年(昭和49年)」は単なるヒット曲を超え、昭和50年代の日本の音楽文化を形作った重要な楽曲の一つです。この時代の音楽は、テレビの普及やレコード産業の成長とともに、日本全国の家庭に届けられました。
その後の音楽シーンにも少なからず影響を与えたこの曲は、後続のアーティストたちにとってもインスピレーションの源となっています。昭和・平成の音楽史を辿る時、この曲は必ず言及される名曲として確固たる地位を築いています。