アパッチ野球軍 1971年(昭和46年)

「アパッチ野球軍」は、花登筺さん原作・梅本さちおさん作画による漫画、およびそれを原作としたアニメです。テレビアニメ版は、1971年(昭和46年)10月6日から1972年(昭和47年)3月29日まで放送されました(全26話)。

「アパッチ野球軍」は見てたような記憶があるけど、花登筺さんって言ったら脚本家だよね?

花登筺さんは小説家でもあり脚本家でもありますが、「細うで繁盛記」や「どてらい男」などでとても有名ですよね。
※画像は関西テレビ様などからお借りしました。

アパッチ野球軍 1971年(昭和46年)
アパッチ野球軍 1971年(昭和46年)

うわ~、懐かしいなぁ~!「細うで繁盛記」も「どてらい男」も見てたよ~
憎たらしい奴がいっぱい出てくるし、イライラするんだよね~

まぁ、あなたの感想はどうでも良いとして、「アパッチ野球軍」に話を戻しますと、オープニングテーマの「アパッチ野球軍」は、作詞:花登筺さん、作曲:服部公一さん、歌:林恵々子さんとなっています。

最後「俺たちゃ、アパッチ野球軍♪」ってところだけ覚えてるよ。
ところで「アパッチ野球軍」って、どんなストーリーなの?

「アパッチ野球軍」のあらすじですが、甲子園で完全試合を達成した、高校球界のヒーローである主人公・堂島剛は、プロに入る直前に契約金をつりあげる自分の父親の態度を嫌い、自らの左手に割れたビール瓶を突き立て二度とボールを握れない身体となってしまいます。

な~んと!

こうして自ら選手生命を断った堂島は、恩師・ネギ先生の勧めで、愛媛県松山の郊外にある過疎の村・猪猿村で野球部コーチになる仕事を引き受ける。その過疎の村で社会からはみでた不良少年たちに野球を教え、共に甲子園を目指して奮闘していくという物語です。

え~!愛媛県にある村なの?

設定では、猪猿村は愛媛県松山市から20里(約78km)ほどの山の中にあるとされていますが実在する村ではありません。

ですよね~

堂島が赴任した猪猿村ですが、単なる「田舎」というよりは、「無法地帯」のような場所であり、近隣の住民からは「アパッチ村」と呼ばれて恐れられていたんですね。

なるほど、それで「アパッチ野球軍」なんだ~

そうです。「アパッチ野球軍」ですが、人間離れした個性的なキャラクター達が出てくることで、いまだに根強いファンのいる伝説的な作品でなんだそうです。

どんなキャラクターがいるの?

一例ですが、テンガロンハットにチョッキ、腹に巻いたさらしがトレードマークで、ナイフ投げの名手「網走」、飯場のダイナマイト管理者の息子で「ハッパ(発破)」は、堂島への反感からグラウンドにあった岩をダイナマイトで爆破、堂島にも重傷を負わせたりします。
いつも上半身が裸の「オケラ」やド根性野郎「ダニ」なんかがいます。

高校生でダイナマイトで爆破って…お、恐ろしい…

1971年(昭和46年)のテレビアニメ「アパッチ野球軍」

1971年 邦楽ヒット曲 ランキング

順位曲名歌手名売上枚数
1位わたしの城下町小柳ルミ子110.3万
2位知床旅情加藤登紀子102.8万
3位また逢う日まで尾崎紀世彦92.8万
4位傷だらけの人生鶴田浩二77.9万
5位ナオミの夢ヘドバとダビデ66.6万
6位よこはま・たそがれ五木ひろし60.6万
7位花嫁はしだのりひことクライマックス60.5万
8位雨のバラード湯原昌幸55.5万
9位望郷森進一54.5万
10位さらば恋人堺 正章52.9万

アパッチ野球軍 1971年を振り返る

当時の音楽シーンを彩り、大きな感動を与えました。

音楽の軌跡

その活動は、現在のJ-POPシーンにも通じる革新性がありました。

この曲を聴く

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🏮 日本の音楽文化への影響

「アパッチ野球軍 1971年(昭和46年)」は単なるヒット曲を超え、昭和50年代の日本の音楽文化を形作った重要な楽曲の一つです。この時代の音楽は、テレビの普及やレコード産業の成長とともに、日本全国の家庭に届けられました。

その後の音楽シーンにも少なからず影響を与えたこの曲は、後続のアーティストたちにとってもインスピレーションの源となっています。昭和・平成の音楽史を辿る時、この曲は必ず言及される名曲として確固たる地位を築いています。

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