今回ご紹介する1974年(昭和49年)のヒット曲は、中村雅俊さんの「ふれあい」です。
「ふれあい」は、1974年(昭和49年)7月1日に発売された中村雅俊さんのメジャー・デビュー・シングルです。作詞:山川啓介さん、作曲:いずみたくさん、編曲:大柿隆さんです。
中村雅俊さんはこの曲がデビュー曲だったんですね~
「悲しみに出会うたび~、あの人を思い出す~♪」って歌い始めでした。
「ふれあい」は、テレビドラマ「われら青春!」の挿入歌で、10週連続で週間1位を獲得、累計126.5万枚のセールスを記録しました。
凄い!デビュー曲でミリオンだなんて!
「われら青春!」ですが、いわゆる「青春学園シリーズ」と呼ばれているテレビドラマで、中村雅俊さんの初主演作でもあります。
デビュー曲はミリオンセラーで、ゴールデンタイムのドラマに初主演って、中村雅俊さんっていったい何者なの?
中村雅俊さんは、1951年生まれ、宮城県牡鹿郡女川町の出身です。一浪して慶應義塾大学に進学、大学卒業と同時に文学座に入団されています。
文学座の先輩である松田優作さんの紹介で「太陽にほえろ!」にゲスト出演しデビュー、それから「われら青春!」の主演、主題歌がミリオンと一気にスターへの階段を上られたみたいです。
男性版のシンデレラストーリーだね!
ただ、実は松田優作さんが中村雅俊さんを(業界関係者に)紹介したのは、スジが良いとか光るものがあったとかではなくて、麻雀に負けた時の約束だったらしいですよ。
な、な、なんと!そんなオチがあったとは…
でも、そのチャンスを一回で掴み取った中村雅俊さんにはそれだけの才能と運があったんでしょうね。
今でもバリバリ活躍されてますからね!
個人的には、中村雅俊さんが、当時のレコード大賞だったか何だったか忘れちゃったんだけど、賞を受賞してギター抱えてステージに上がるときに履いていたGパンがつぎはぎだらけのラッパズボンで、その裾の広がりが余りに大きくて凄く印象に残っているよw
あんなGパンどこに売ってるんだろうと、幼心に思った次第です。
※画像は、小春日和本舗営業日誌様からお借りしました。

あれってパンタロンというのですかね?でも、ラッパズボンって言い方古いよね~!しかし、その呼び方が通じてしまう自分が悲しい…
1974年(昭和49年)ヒット曲
| 順位 | 曲名 | 歌手名 | 売上枚数 |
|---|---|---|---|
| 1位 | なみだの操 | 殿さまキングス | 193.6万 |
| 2位 | あなた | 小坂明子 | 164.9万 |
| 3位 | うそ | 中条きよし | 150.1万 |
| 4位 | ふれあい | 中村雅俊 | 117.7万 |
| 5位 | 恋のダイヤル6700 | フィンガー5 | 83.7万 |
| 6位 | 夫婦鏡 | 殿さまキングス | 79.4万 |
| 7位 | くちなしの花 | 渡哲也 | 77.5万 |
| 8位 | 激しい恋 | 西城秀樹 | 58.4万 |
| 9位 | 積木の部屋 | 布施明 | 55.4万 |
| 10位 | 学園天国 | フィンガー5 | 54.0万 |
ふれあいを振り返る
当時の音楽シーンを彩り、大きな感動を与えました。
音楽の軌跡
その活動は、現在のJ-POPシーンにも通じる革新性がありました。
この曲を聴く
Amazon Musicで聴けます。
🏮 日本の音楽文化への影響
「ふれあい(中村雅俊) 1974年(昭和49年)」は単なるヒット曲を超え、昭和50年代の日本の音楽文化を形作った重要な楽曲の一つです。この時代の音楽は、テレビの普及やレコード産業の成長とともに、日本全国の家庭に届けられました。
その後の音楽シーンにも少なからず影響を与えたこの曲は、後続のアーティストたちにとってもインスピレーションの源となっています。昭和・平成の音楽史を辿る時、この曲は必ず言及される名曲として確固たる地位を築いています。